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プロフィール

鍜冶修平

Author:鍜冶修平
PAT共育ゼミナールのブログへようこそ!
札幌市中央区にて2013年2月より皆様のサポートにより塾を開業することが出来ました。
対象は小学生から高校生の入試対策・受験指導。札幌の子供たちを鍛えていきたいと思っています。


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ネットを利用した英会話
mytutor
子供向けの本格英語です。

DATE: CATEGORY:教える
いまさらながら、
中3生に国語の記述問題を指導しています。
記述問題が苦手な生徒でも北海道の問題ならば、何とかなる可能性がある。

どちらかというと、私は国語や数学にあまりロマンとか
抱かない方で、高校の時の先生が「うん。このとき方は美しいね。」
とか言っていたことに対して、全く共感を覚えないたちなのでした。
ただ、パズル的な面白さのある問題は、この図形変だよね。みたいなことは
言ってみたりする。
なんとなくかっこいい気がして。。。嘘です。
基本的に将来の夢がその教科ではない限り、私は道具として
考えてしまう方なのです。
たとえば、英語にしてもそのものを研究するというよりも
この仕事をするために、道具として使いこなせないといけない。
という人が多いのではないかと考えていますので、
みんなにも「数学なんて道具なんだから、使い方覚えればいいんだよ。
だから、暗記科目なんだ。」みたいな暴言を吐いたりするわけです。

で、話はそれましたが、
記述問題が書けない場合。いくつかのパターンがあると思うのです。
まず、文章自体が読めていないこと。
続いて出題者の意図や出題の意味が汲み取れない。
そして、問題のとき方というか、答えの書き方のパターンがわかっていない。
他にも、長い文章(60字~80字=長くもないけど)が書けない。
などなど、要因は人それぞれだと思いますし、
どこが課題かによってトレーニング方法も違います。
時間があれば、出口汪さんなんかがいいのだろうけれど、
あと1週間では、少し時間が足りない気がする。

最近、見てて思うのは設問が何を問うているのか正確に
把握できないていないなという点です。
これならば、トレーニング次第で何とかなる。
この期に及んでなのだが、理由を聞かれているのか、説明するのか
把握できていないケースがあるので、書き始める前に
何を求められているか考えてみてください。
そのくらいの余裕はあるはず。
最初の科目ということもあるので、タイムコントロールは重要だけど、
多くの問題な場合、答えを探すのに時間がかかるように
出来ていない。むしろつなぎ合わせる作業に時間がかかっている子が
多い様子です。

立命館の問題なんかは傍線部から離れた場所に答えの糸口が
おかれているケースが多いけど、公立の場合は直近のケースが多いから
むろん例外はあるのだけれど。
それを解答に合わせて最適化していく作業は、練習さえすれば何とかなる。
書けないからであきらめない。
逆にかけるだけでは頼りないよ。

北海道は公立の高校入試(一般)に作文がないから、授業自体として
作文も少ない。書くということ自体を苦手にしている子は多いはずだから、
短期間でもどれほど練習積むかが重要だと思う。
苦手にしていてもスラスラ本番ではかけたという子も多いから、
とにかく練習を積むこと。
たとえ、1週間でも状況は変わるよ。
がんばれ。
DATE: CATEGORY:共育
よく広告に絶対成績を上げます。とか
塾で指導した成果でこれだけの実績が出ています。とか

あるのですが、どうも私的には納得のいかない部分が多いのです。
多分、今教えている子の何人かは地域のトップ校に合格するのですが、
でも、それは私ががんばったわけではない。

ああ、手を抜いているというわけではないですよ。
確かに指導もしたし、サポートもした。でも、本気になって、
戦ったのは生徒たちなのだし、賞賛されるべきは、生徒たちであって
塾じゃないのじゃないかなと思うのです。
成績を上げる主体は生徒たちです。
絶対あげるってどれほど先生たちが優秀なのだろうと思うのです。
まあ、気持ち的にってことで。というならば、それはこの仕事に
携わる人すべてが持っているはず。

昔は私も俺が教えたから上がったのだとか傲慢にも考えていたし、
一部は正解だと思う。
しかし、この仕事の中で
主役は常に生徒たちであるわけで、塾の先生はわき役にすぎません。
本人たちにやってもらえなければ、受験さえままならない。
だから、本人たちを頑張らせる方向付けが
一番重要なのではないかと考えます。

そのためには、内容をテストや入試に合わせて絞り込んで、
覚えやすいテクニックを編み出して、とか。

でも、それは生徒にとっても私にとっても最終目標でもなんでもなく、
本人たちが自分で走れるようにするための方向付けの方法でしかない
と思う。
という意味では一番の売りにしたいのはその部分だし、
高校大学に行ってさらに成長することが
なりたい自分になることが目標なのだから。

塾が優れているから、あるいは私が優れているから君たちは
合格するんじゃない。
君たち自身が努力したから、優秀だから合格するんだ。

でも、不合格になったらそれは塾の力が不十分。いろいろな意味で。
不十分だったのだとおもう。
塾の主宰である私がこんなこと言っちゃいけないかもしれないが。

まあ、完全に君らに責任がないわけではないのだけれど、
不合格という点で、これからのどう生きるかに
変更を余儀なくされる点で人生に責任を負うのだから。
それ以上、責められることはないと思うのです。



DATE: CATEGORY:教える
先日、授業を中3に向けてしているときですが、
私:「○○君。これ授業でいうたよな。」
生徒:「言ってない。言ってない。言ってない。」×3
私:「いや。ゆうた。ゆうた。ゆうた。」×3

というやり取りが、整数関係の問題で、解法について何回か
ありました。

私は良く「生徒に45億回くらい言ってるっすよ」
とまあオーバーな表現で言います。

一つにはそのくらい、重要で何度も言ってるところだから覚えてください。
というメッセージ。
それからともう一つは、NGワード。

「何べん言ったらわかるんだ」

これは自分の中ではNGワードなのです。

何もかも1回で覚えられる人というのはかなり人類の中でも
珍しい存在ではないかと思います。
基本的に何回も繰り返していかないと覚えられないとおもうのです。

そして、言葉というのは常に受け手側に主体があります。
言っただけでは、伝わったとは言えません。

だから、覚えさせられていない私が悪いのです。
覚えるまで何べんでもいうべきだし、
それを「覚えられないお前が悪いのだ」という言い方はあり得ない。
まあ、近いことはいう。覚えなければ、不合格という対価を支払うことになるよ。

また、わりと一般的に流通している言葉ですしね。
この間も息子は嫁に言われてました。
+お前アホか。+もうちょっと頭使えや。まで。
いや、ほんとにアホなので仕方ありません。
行動が軽率なのですね。
その点で父はフォローのしようがない。父のDNAを恨んでいいよ。

それはおいておいて、
A君は○○といいました。でも、B君は覚えてませんでした。
これは、ちゃんと伝えられないA君の責任だと私は考えます。
異論はあると思うのですが、塾の先生という立場で考えると
生徒に覚えさせられない。あるいは伝えられない講師の責任というのは
大きいと思います。

20人以上を相手にする予備校などの場合は別の考えがあるかもですよ。
前提として自分で考えて理解することがあるから。それを理解して入るわけですし、
だから、予備校でうまくいく生徒はそれがわかっているし、
また、生徒がこれでは理解できないと思えば、不人気な講座となるわけですね。

もし、私が生徒の立場で考えたら、覚えない自分にも責任はあるが、
ちゃんと覚えさせられない先生だって悪いじゃん。と思ってしまうのです。
で、覚えないことで自分は不合格という対価を払うけど、
先生は基本的に何も傷つかないじゃん。
ひねくれた中学生だったかもしれない。。。

覚えさせられないという部分を棚上げにして生徒のムナグラつかんで
俺の言うことを守れない奴は出ていけとオイコラな感じできると
きっと楽なんでしょうけど。。。
そんな昭和なにおいを感じさせる塾ももうないでしょう。

ただ、生徒に成果が出ればそれは塾の力。
生徒が成績不振なのは努力しないせい。
という考えはいまだにあるような気がする。
気がするだけかもしれないけど。

私はやはり逆だと思います。
成果が出ればそれは生徒ががんばったからで、
成績不振は努力させられない塾のせいだろうと思います。
DATE: CATEGORY:ブログ
ついこないだまで会社勤めだったので、
よく言われたのが、地域一番店になろう。といことで、
それは明らかに正しかったと思います。

直営系生徒数全国№1の塾としては目指す方向として、
全く間違っていないのです。
出来ればシェアを100%握り、ブルーオーシャンを築く。
あるべき姿なのですが。

独立した今、私は地域一番店はほかの塾さんにお譲りしよう。
と考えています。
地域一番とは何が地域一番なのでしょうか?
人数?合格実績?人数のもととなるはずのサービス?
まあ、4月から人数が増えるにせよ、
私一人で切り盛りする塾なので。。。
多分人数としてはどれだけ学年バランスが良くても80は超えない。
実績は大量に集めて大量授業をする。塾にお任せします。
1クラス16人まで、それ以上来たら断るうちの塾には無理なのです。

しかし、来ていただいた方の満足感は100%にしたいというか
不満足な部分はなくしていきたい。

だから、地域ナンバーワンのサービスは目指さないけれど
来ていただいた方の100%満足は目指していきます。
多分、私に求められるものは多種多様で満足のツボもいろいろあると。
そのツボを押さえていくように心がけたいなと思います。

あとは私が出会った方とのつながりを大事にしていきたい。
私は心が狭く、また、誰に対しても親切な人間ではありません。
そんな自分であるからこそ、一度かかわりができた方を最優先で考えたいな
と思っています。
こんな仕事ですから、出会いは当然あるけど、それはおそらく私の
200代前の先祖の数よりは少ないと思います。

だから、一度お知り合いになれたことを大切にしたいのです。
教える内容に差がついたり、取扱いに差が出るわけではないけれど
以前在籍した塾の塾生、卒業生、私の友人の子供たちはには
また出会えてありがとうという意味で授業料はサービスするのです。
多分、正規の方から比較すると2割引きから5割引きくらいになっているかな。

現在の中3はほとんど受講料はいただいていません。
2月、3月の間は。
深くかかわりを持っていただける方ほど満足感が高まる形にしたいな
と思います。



DATE: CATEGORY:ブログ
いろいろ反響がありまして、
もう少し追加で書こうかなと思う次第です。

基本的にイジメる奴が悪い。
この立場は私の基本的スタンスなのですが、

もう少し、イジメるという行為、そのものの行動の原因や
背景に焦点をあてて考えるべきではないかと思っています。

つまり、いじめをする子はなぜするのか。
生まれついてジャイアンである子は少ないのではないか。
むしろ、ジャイアンにはジャイアンになるための過程があったのではないか
と考えています。
むしろその部分を変えてもらわないと
今、イジメられている子も、今、イジメている子も不幸なままで終わるのではないか
と思います。

たとえば、いじめをした生徒は出席停止にする。とかのアイディアも出ているそうです。
正解かもしれない。対症療法としては、今暴力やハラスメントで
被害を受けている子は救われる。
しかし、出席停止の後は?構造が変化しなければ、同じことの繰り返しになる。
逆にそのことでイジメている子の学ぶ権利のことや逆にいじめに合う可能性は?

まあ、イジメられている子にしてみれば、イジメする奴に2つとも
認める必要はないと思うかもしれないけれど。

イジメは命を奪う行動だから、一定程度必要かもしれない。
ストーカーと同じで。

キーは事象としての出席停止でも命を大切にする指導でもないような気がするのです。
命が大切なのはみんな知っている。それは、「仲間」の命の大切さ。
問題は自分とは違う「差異」を抱えた人間を「仲間」として受け入れられるか
どうかにあると思うのです。
構造がそんなに単純ではないのかもしれないけれど。

△△はこの点が違う。おかしい。
○○が、こういった。生意気だ。
××が、自分の指示に従わない。むかつく。

人がそれぞれ別人格で自分の思った通りにならないものだ。
それをすり合わせるために言葉がある。
違う人の持つ差異を個性として受け入れる。
この点に対する指導が十分でなければ、
状況はいろいろ変わっても続いてしまうと思うし、イジメ→イジメられる
が登場人物を変えて続いてしまうような気がする。

ただ、この「差異」を「個性」として、あるがままのもの。
あってもいいものとして受け入れるというのは、とても難しい。
そして、教育が出来るのはそのサポートだけでしかない。
なぜなら、差異を受け入れるというのは、自分で自分の
意識の地平を広げない限りできない。

たとえば、お前らイジメ的な言動をするな。といって、
ああこんなことはこの人に対していっちゃダメなのね。
しちゃダメなのね。という

禁止事項として受け入れただけで、
その差異を本当に理解して、受け入れていることにならないだろうと
私は思うのです。

残念ながら、長女がイジメられたという経験を通じて、それは
差異を理解して受け入れましょうと流れは感じなかったのですね。

今、長女は学校で目立つことほぼしません。
それが、彼女がいじめから学んだ処世術なのかもしれない。とも思うし。
トラウマなのかもしれませんね。
親としては、イイも悪いもありません。
もっと、前出ろよとか積極的にいけよ。というのは親の望みでしかない。

根が楽天的なので、
決して、イジメの経験はマイナスばかりではないと思っています。
全く、意味のない暴力や理不尽なことが社会にはあることを
身を持って経験し、
その時には自分自身が自分を守らなければならないことを学んだと思います。
小1にはハードではあったでしょうが、
誰もが学んでおかなくてはいけないことのような気がします。
いろいろ経験してみることは絶対必要ですから。

もし、目立たないことが彼女の選択ならば、親として全力で出来うる限り、
それで不都合がないように
サポートするだけです。
もし目立たない自分が嫌だと思ったら、それを変えることに対しても
全力でサポートしますしね。
DATE: CATEGORY:共育
昨日、かなり生意気なことを
書いてしまいましたので、ちょっと自分なりのいじめやらの考えを書きたいと
思います。

まず初めに、イジメはいじめられる子に確実に原因があります。
でも、その原因というのは悪いことというわけではなくて、いわば、差異
とか個性とか言われるものです。

うちの子の場合は泣き方が、泣き声?が面白かったそうです。
だから、泣かしてたらしい。
嫁は怒っていましたが、僕は思わず笑ってしましました。
当然、嫁の手前、心の中だけでですけど。
似たようなことを今もしとんねんな餓鬼どもはー。って
まあ、でも10年近く前だしね。時効でしょ。

ただ、そこでの先生の対応はカチンと来ました。
だから、変な声で泣かないようにしようね。って。
どんな声で泣こうがうちの子の勝手なのでは?
いじめられないように、身をすくめて生きろということですか?
私は、娘にこれが私の泣き方だ。文句あるのかと胸を張ってほしいのです。
だれでもない私の個性なのだと。
さすがに小1の娘にその説明を十分にはできませんでしたが。。。

それぞれ、一人一人違う差異の部分を受け入れられないとき、
差別とかイジメは発生するのだと思います。
人は成長とともに社会性?を身につけるから、直接的な方向でなく
陰湿になったり、遠ざかったり、無視したり、受け入れたり
するようになって来る。とは思う。

先生としてするべきであったのは、うちの個性を個性として
受け入れられるようにすることと、
イジメがイジメであるかどうかの規定は常に被害者の側にある
ということを理解させることではなかったのかなとおもう。
多分、専門家ではないのでわからないけれど、差異を個性として受け入れることが
ノーマライゼーションの基本なのではないかと思うのです。

なんかの記事に動物は仲間は殺さない。人間もそうであって、殺すのは
仲間として受け入れてないからだ、みたいなことが書いてあったのだけれど、
いじめとかハラスメントというのも仲間であるかどうかの考え方が重要ではないのか
と思うのです。
時々、「友達どうしのふざけあいだと思っていた」のと
「いじめられている」関係だと思う
認識のずれというのがあるのはこの点ではないか。

私がイジメがなかなかなくならない一つの原因として考えているのが、
上記の点と
差異をどう受け止めるかを十分に学ぶ時間が少ないこと。
私ら親自身が差異について何かしらかの不寛容な立場をとっていることあるものな。
たとえば、昔に比べると左利きは増えているそうですね。
昔は「ぎっちょ」とかいって、矯正されていた。私のいとこも両利きですもの。
他人との差異を気にする。のは子供ではなく大人だったりする。
子供のほうがよくそんなことでみたいな小さな点を他人との差異で発見するのだけれど。

それと小学生高学年くらいから中学生のイジメというのはある意味劣等感の裏返しに
なっているような気がする。
もしも完璧な人間がいたとする。スポーツでは金メダル勉強では常に全国で1番くらいの。
何をしても誰にも負けない。
だとしたら、その人はイジメはしないのじゃないかと思う。
負けてるところが一つもなければ、何らかの理由で自尊心・自我が傷つくことはない。
とすれば、他者への攻撃でそれを繕う必要はないと思う。
多くの場合、凄惨なイジメというのは、満たされない自分に対する代償行為で、
自分より弱い人間がいることとそれを確認することで満足しているのではないかな。
だから、弱いものへ弱いものへと攻撃が重ねられていく。
そしてそのことで、集団の中での自分の立場を強いものにしようとする。
自己防衛の一つなのではないか。
教育心理学の専門でもないし、経験も乏しいのだけれど。
そんな風に感じています。

ああ、もちろん日本の全人口の半分がサディストではないという前提に
立っていますよ。

自分の弱さを分かっていて、その劣等感との付き合い方を知っている子は、
あるいは劣等感を持つのが当たり前なのだと感じている子はイジメに加担しにくい
状況になるのではないかと。。。
上記の点がいじめっ子が状況の変化に伴いいじめられっ子にかわる。
また、その逆もあるということの原因の気がするのです。

人間だれしも弱い部分も劣等感もある。その向け方を間違うことは人間だから
ある。
つまり、イジメる―られるの関係が何かのきっかけでポンと
誰にでも起こりうることだから、簡単には、なくならないような気がするのです。

イジメがなくなるのは理想。でも、誰かにしてもらうのを待っていたならば、
長いようで短い人生。もったいないなと思うのです。
学生といわれるのは大学を含めてたいていが16年間。人生の20%分。
うつむいて過ごすのは、つまらない。だから、イジメに負けない強い子に
するのです。挫折を乗り越えられる強い子に育てたいのです。

「あたしの××のどこがいけないんだ。」
「キモイ。」
「それはあなたの感想。よく理解した。だったら、離れるか。受け入れるか。
選択の機会をあなたに与えてあげる。そもそも、どんだけあなたに迷惑かけてるか
説明してみろ。感情のまま生きてていいのは赤ん坊だけだぞ。」

こんな風にいえる子ならばあまりいじめられたりはしないんだよね。きっと。
難しいね。

失礼いたしました。
DATE: CATEGORY:共育
子供が多いとそれぞれにいろいろなことあります。
ましてや、それぞれに9年ずつの義務教育があるわけで、
まともにいけば、子供たちトータルで約半世紀分の義務教育がある。
気づいたときは、我ながらすごくね。って思ったわけです。

若干、歴史を紐解きますと
長女・長男・次女とそれぞれに何がしらかの問題があり、
たとえば長女は小学校1年生の時に、イジメにあっておりました。
クラスも崩壊状態で、緊急保護者会なるものが開かれ、夜の9時くらいまで
お話合いが。。。何人かの生徒が先生のいうことを聞かないらしく、
先生の方でも手を焼かれていたそうです。

私自体は、イジメに合っている長女について、死ななければいいかな
同性からのいじめではないこともあり、
そのような体験も必要かなみたいに思っていてあまり問題にする気は
ありませんでした。
ただ、担当の先生の対応に納得がいかない部分があり、お手紙は書きました。

長男は小学校5年・6年のときに、やはり先生のいうことを聞かない子がおり、
学級崩壊で授業が全く進みませんでした。
先生も努力はされてらっしゃったのですが、うまく立て直すことが出来なかったのです。

まあ、これまではどちらかというと被害者的であったのですが、次女は
どうも様相が違いまして、クラスで「恐い」女子のグループに入っているのだそうです。
それで、授業中、「面白くなーい」とか「簡単すぎるー」とか(本人はやってないと
主張するのですが)授業進行の妨げになっているそうなのです。

まあ、気の強い、きつい子ではありましたが、
よもやそこまでと嫁はショックを受けておりました。
一族から不良が出てしまった。的な大騒ぎの状況だったのです。

ところが、学級懇談会ではその授業の進行がうまくいかないということよりも一部の
生徒(まあ、うちの不良娘のグループですが。。。)
が汚い言葉、あるいはきつい言葉を使うという問題がメインになってしまって、
授業進行がうまくいかない点は飛んでしまったようです。

親としてちょっと考えてしまいます。

確かに汚い言葉、たとえば「てめぇ、ぶっ殺すぞ」とか大人が言ったら、脅迫とも
受け取られません。それは人間として会話をする言葉ではないのだから、
仲間に対してでも使うべきではない。
叱られるべきはその点です。ちゃんとした言葉を使いましょう。
なぜならそれによって心に圧迫を受ける人やイジメととらえる人があります。
言葉は使う人のものではなく受け取る人のものだから、相手の存在を尊重しましょう。
ということだと思うのです。
そのような乱暴な言葉で傷つく人がいるならば、それはやっぱりやめるべき
なのです。
しかし、言い負かされてしまうから、誰も何も言えないという状況に関しては、
はたしてその生徒の責任だけなのでしょうか?

多分、うちの次女はあまり頭のまわる方ではなくどちらかといえば、天然なので
言い負かせるほどの弁はないと思うのですが。。。

たとえば、論争になったとき重要なのは理がどちらにあるかではないでしょうか?
間違ったことを言って、言い負かしているのであれば、それは全く持って非です。
正しいことを主張しているのであれば、それは正しいことだと思うのです。
当然相手の立場は尊重しなくてはいけませんが、、、
まあ、多くの場合は、理とか非ではなく、単なるわがままの言い合いなのだと
思うんですけどね。

大人がするべきは、言い負かしちゃいけませんではなく、客観的に判断してあげる
ことだと思うのです。言い争っているという事象面にだけに目を向けるのは、避けるべきです。
これから、生きてきくために、言葉をきちんと自分の武器にできることは大切なことだし、
一定程度、論争の経験を積ませてあげないといけないと思っているので、、、
だから、言葉を狩ってしまっても意味がないように思うのです。
互いにしこりの残らないようにまとめられたら理想形ですがね。。。

どう思うと嫁にいわれて、答えに窮してしまいました。、人の心に傷を残すような言葉は
使ってはいけない。でも、ほんとに論争なんだとしたらそれは、どちらに理があるかが
問題だし。。。でも、真の問題は授業がちゃんと進行しないことなのでは。。。
しか、頼りない父親としては言いようがなかったです。

それぞれの立場をその場にいて聞いていたわけではないから。判断できません。
言い訳くさくなりますが。

ただ、そのうちの次女が属するグループも教頭先生とかが来るとおとなしく話を
聞いているそうです。うーん。


DATE: CATEGORY:教える
推薦で公立高校、合格していましたというお知らせが
中3から1件。
札幌市内でも上々の公立です。

嬉しそうにしている声を聞くとまあ良かった。と一安心です。

しかし、これはスタートラインに立っただけだから。
人生は年を追うごとにハードルが高くなり、選択も多彩になおかつ
難しくなっていく。

今の勝者が明日の勝者とは限らない。
土台、人生を勝ち負けで語るのは無理があるだろうと思います。
幸せの基準は人それぞれだから。。。

とにかくできることは、若いうちに自分なりの得意分野を
探しておくことです。

合格おめでとう。
だけど、残り2か月で高校生活の基本の立ち位置が決まっちゃうよ。
早く行き先が決まったならば、それに対する準備を2月、3月にしておくべきです。
この点においては間違いないと思います。
DATE: CATEGORY:教える
私立のB日程が始まろうとしているので。。。

ざっと思いつく注意事項をいくつか。。。

① たいていが下見に行くのですが、時間帯の違いに留意してください。
  たとえば、平日の昼間は道路がすいています。朝になると雪が降った日に
  ついては、バスも大きく遅れることがあるので注意です。
  公の交通機関を利用するというのは一種の保険で、マイカーでの遅れは
  単なる遅刻扱いですが、遅延の証明書を出してくれるバス、電車は遅れても
  遅刻とは違う扱いを受けられるケース(高校ごとに違いますが)が多いのです。
  そういう意味ではタクシーもギャンブル性が高い。
  使わなくてもいい時間という前提で逆算してください。

② 消しゴムは2個用意しましょう。できれば、大きめのものを。
  シャープペンシルは故障の危険性があるので使う人は2本以上。
  別に絶対ということではなく、これも気持ちの問題です。
  筆記用具について余裕があることでほんのちょっとだけプレッシャーを
  軽減させることが出来ます。

③ 答え合わせは絶対しない。親しい友達との間でも答え合わせはしない。
  なぜテスト後に答え合わせをしたがるかというと皆と同じであることで
  安心感を得たいのです。つまり自信がないから聞きたい。
  ところが、間違っていても答案を取り返して書き直すことなどできはしません。
  全く意味がないのです。
  だとすれば、自分の解答に絶対的な自信を持ってください。
  全世界の人の答えがアだとしても、自分の書いた答えがイならば、
  正解はイなんです。
  「自分の書く答えは一問たりとも間違ってはいない。」
  と思い込んでください。一問も間違ってないのだから、答え合わせの必要も
  ないのです。

④ すべてを忘れる。
  1教科ごとそれが終わったら、どんなテストかを含めてすべて忘れてください。
  失敗した、成功した含めててです。
  全く別な新しいテストが始まります。
  今日の晩御飯を食べているとき、「昨日の晩御飯残しちゃったなー」とか
  「うまかったなー」とかを思い浮かべる人は少ないと思います。
  今そこには今日の晩御飯があるだけだから。それを食べることに集中してください。
  後ろを振り返る時間はないので。。。
  合格発表まですべて忘れておいてください。

 不安はあるけれど、振り回されてはいけません。
 倍率はどこも高いですが、名目と実質の差があるので、気にする必要がありません。
 北海道の私立入試で怖いのはまわりの相手ではなく、
 自滅することです。
 マークミスであったり、ケアレスミスであったり、焦って、あと3分しかないないのに
 60字の記述問題の答えを消しても一度書き直すとか。。。
 自信を持って取り組んでください。
 受かるかな、落ちるかな的なことを考える時間は終了しています。
 絶対受かるんだ。と思い込んで取り組んでください。
DATE: CATEGORY:教える

お堅いタイトルでごめんなさい。

ここのところ毎日、中学生がきて勉強を指導している。
1日平均3~4名くらいかな。
以前在籍した塾からおいかけてきてくれた子もあるし、
さまざまな事情で。
引き抜きはかけていない。そのくらいの仁義は通しています。
この後、仁義なき戦い?それもあまりないかな。

とりあえず、5時から9時まで完全に個別指導。
入試まであとわずかなので、あるいは、終わってしまったので、
それぞれの課題に合わせて個別でみている。

その流れの中で、やっぱり絶対数は少なくても小・中学生の
個別指導は必要かなと考え始めています。
とりあえず、2月3月無料で面倒をみるという流れの中で
結論は出そうと思っている。
ただ、この後、手が上がったら断れないだろう(笑)
その場合は集団の絡みで私以外の教員に委ねることになる。
まあ、高校生は確実にスタートさせるので、中学生も受け入れられる
(条件付きながら)

ここにきて問い合わせに偏りが出てきていて、多分4月スタート段階で
即募集停止という学年が現れる可能性があります。
他の学年スカスカなのに。。。ということにならないようにしていきます。

以前から、今回の高校入試における問題点として指摘してきているように、
やはり、学習指導要領の改訂がらみのところは弱点になってしまっている。
特に数学と理科においては。
昨年度の標本調査の出題で明らかになっている通り、現状の中学生が
使っている教科書の内容はすべて出題されると考えておいた方がよいと思う。
一年目の単元だからと言って、手抜きはしていない。
ということは、数学においては
① 図形の移動(1年)と作図。
② 面積比と体積比
③ 円・球と三平方 などは、おそらく学習量の差によって大きく得点差のつく
単元になる可能性が高い。
むろん、集中的に対策は来てくれている生徒に対しては実施中。
しかし、円についての得点力は2年前に比べると確実に低下している。
円の3年生単元への移行に伴い、厚みが少し減ってしまっている。

つまり、2年前であれば中3の夏休みで結構復習できたのに、
今は冬休みでぎりぎり復習。なおかつ、入試の勘所をわきまえた講師が
指導していないと得点力は上がらない。
そばで聞いていて残念な授業だと、あきらめてほかの単元に時間をかけた
方がいいくらい。目の付け所が重要な単元だから。比と円は。
それに、一部の中学校は2年で円を前倒し実施しているので、
中学校ごとの得点差も深刻になるかもしれない。

今年の中3に限って言えば、中3の教科書を丁寧に進めるだけでは
明らかに入試段階で問題が発生するはずなのだ。
だから、2学期で成績の上下動が大きかったのではないかと考えている。
平均では現れない個人的な上下動が。
それを残り20日余りでどう埋めてあげるかが、今の私に課せられたミッションの
一つであると考えている。だから、来れる限り毎日。

ここまで来たら銭金の問題とちゃうで、お母さん。
金なんか要らんで、僕に何とかさせてほしいんや。

今も昔もよく言っている気がする。だから、会社ではきっと出世できないのだ。
なんとなく今気が付いた。
でも、ハートのない奴が塾やったって不満ばっかりでうまくいくはずない。
まあ、ハートだけのやつがやってもうまくいかないのがこの仕事の難しさでもある。。

どうでもいいことだ。

他にも数学は細かい部分はいろいろあるが、点数の差になりそうなのは、上記の点。
理科・社会は1年内容だな圧倒的に。
DATE: CATEGORY:ブログ
本日は朝から、SRJ主催の速読の導入研修でした。
以前、速読指導の経験があるとはいえ、
ソフトも更新されているし、
ネットを使っているので、眠かったけれども行ってきました。
あさ、8:00過ぎに家を出たのですが渋滞がひどく、
10時に間に合いませんでした。

まずは中1の息子にさせたい。読書の経験は学力に大きく影響するような
気がする。統計的なデータとっているわけではないけれど。。。
本が好きで成績不振という子もありますし、逆のパターンもある。
だから、一般化はできないのですが、息子の場合は読む時間で国語の
テスト時間の大半を消費してしまっている。
それは社会でも理科でもそう。読む場所が少なく図で処理する問題は得点可能。
数学でも文章題の意味が取れていないことを感じる。

今更、趣味を読書に変更しろというのも無理な話なのだから、
単位時間で読める量を増やすしかないわけです。
とりあえず、受講第1号は決定だな。
6300円は出世払いでつけにしておいてやることにする。
親として示せる最大限の好意はそこまでだ。

冗談はおいておいたとしても、私としては高校生に受講させたいのです。
センター国語が選択肢を含めて約20000字オーバー。
これをよむのに40分かけたとしたら、純粋に思考・解答にかけられる時間は
40分。これを20分にできたら、もっと得点力は上がる。
単純に試験当日でそうなのだから、これを1年2年と考えた場合、
単位時間の中で問題を解ける時間が増やせる。読書量が増やせる。
ということは語彙力を上げられる機会になる。
2乗どころか3乗の効果も見込める。

それも、国語以外の各科目においても、それは可能になるから、
全体の底上げになる。
北海道の高校生は頑張っていると私は思ってます。
でも、小中でちょっとゆとりがある。
全道レベルで考えてしまうから。。。

でも大学入試は常に全国区
ちょっとでも、首都圏や近畿圏の小中でガシガシに鍛えられている連中と

渡り合うには効率化しかないと考えている。
高校の3年間という時間はどの地域に住んでいても平等なのだから。
その効率化の手助けにはなるツールだと考えています。

札幌とか北海道に住んでる子らが学習の面とか、入試の面とかで
全国的な競争に負けないという状態を私は作りたいのです。
小さいけれどそれが私の地域貢献だと考えています。

いま、大学生になった教え子たちは学習の量が多いので、速読できればいいな。
ということを言ってます。残念だけど対象は高校生まで。
そのうちとは思っていますが。。。
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題名はフェイスブックからのフィードバックという意味です。

その友人のコメントはさらに続いていまして、
引用は避けますが、勉強の仕方を学校では教わってないように思うと。
それを見つけられない子のための塾であってほしい。
というような内容のエールをいただいています。

ありがとうございます。
勉強の仕方に関しては率直な感想でいうと、個人・ご家庭に委ねられているかな
と思います。
一つには勉強ということが価値観の多様化に伴い唯一のものではなくなったこと。

高度経済成長期の
勉強さえできれば何とかなる。
から、
今の時代の
勉強だけできてもねぇ、(特に北海道ではよく聞く気がします)とか、勉強さえできない。
という形で、相対的な地位が下落しているような気がするのです。

私自身も唯一絶対の価値観を勉強や受験においているわけではありません。
しかし、友人がいうとおり勉強の仕方は身につけなくてはいけないと思うのです。
知識は陳腐化していくもので、たとえば20年前の最先端技術はもうすでに。。。
パソコンなんかでいっても、20年間に比べて処理能力は1000倍以上になっているわけですよね。
その進歩に合わせて自分をグレードアップしていくためには、
自分で勉強するしかないわけです。
ところが、その方法を身につけていないとそれはできない。

私は、自身の反省としてそれが遅かったなぁと思います。
だから、繰り返しを自分が係る子供たちにはさせたくないと思います。
だから、勉強のしかたを指導していきたいと思います。
学習習慣の定着を小学生の第一に掲げているのはその理由だし、
中学生はがっつり勉強させますが、塾で学習法を指導する時間を設けています。
入試は塾の引いたレール通り進めば何とかなる。
高校・大学に入ったら誰もレールは引いてくれない。
だから、潰れちゃう子も出てくる。

本当のゴールはなりたい自分になることなのに。
さらに自分で自分を伸ばしていける仕組みを私は作ります。
まだまだ模索は続きますが。。。

簡単に言えば、段階を踏んで、

小学生:学習習慣
中学生:競争と自学自習
高校生:個別指導による自学自習の最適化

かな。

大学生は先生として技術・方法論の伝達と自分自身の学習法のブラッシュアップ。

高校生・大学生にとって両方とプラスがあるから、
個別指導には大学生を私の教え子中心に採用していきます。
生で大学受験を経験している時期が近いほどリアルが伝わると思うのです。
確かに経験は重要だけどそれは私がいくらでも側面から支援できる。

決して、1年2年で考えるのではなく、かかわった以上、その子の
人生にかかわるのです。

最終的に目標とするところまで伴走できる塾になります。

というわけでそろそろ4月に向けて声掛けしないといけないな。


DATE: CATEGORY:ブログ
フェイスブックで小学校のときの友人から
小学校の時は塾に行ってなかったよね。というコメントをいただきました。
おっしゃる通りでいまの40代の方は多分あまり塾の必要が、
小学校時代なかったと思います。

私自身通っていなかったし、(自分で塾を開きながらなんですが、、、)
今も可能であれば塾に小学生が長時間通うのはベストであるとは思っていません。
現在の小学生を取り巻く状況は、こと学習に関して結構難しいと思うのです。

私なりの分析なので間違っているかもしれないけれど、
一つには中学受験の影響があります。
もう一つには、小学校の教科書が易しくなったことがあります。
もちろん中学校の教科書も易しくなったのですが。

中学受験によって、小学校はあまり影響を受けていない。
札幌市に限ればですが、、、一部の人のものなのです。
市内の小学校卒業生数と私立中学の受験者数を考えても10%は確実に下回ります。

つまり、クラスの中で多くて4、5人。下手をすれば、1人とか2人なのです。
息子と同期で私立中学に進んだのは学校全体で3人くらいだったと思います。

つまり、小学校としてはその部分を考える必要がない程の水準なのです。しかし、
中学校の感想としては、中学受験レベルのことをそこそこしてきている子も
多いととらえられているように思います。(あくまで個人の感想ですが、)
結果何が起こるかというと、
小学校の指導内容と中学校の出題内容のかい離が起こります。
ということで、教科書が十分できていると考えて(特に絶対評価だし)
公立中学に行くと「あれ、平均点もとれてないじゃない。」
となるわけです。
これが、中学受験の影響です。
近年の裁量問題が中学受験的な内容を含んでいたことで
より中学校の先生として意識されるようになったのかもしれません。
私自身としては悪いことであるとは思ってません。
パターン化されたものよりも思考力を問う内容はあっていいと思います。
誰も点数が取れないとかは問題ですが。

もう一つの小学校の教書内容が易しくなったことですが、
私が小学生だった頃は小2で集合のベン図とかしていましたから。。。
それから比べると易しくなっていました。
これは、最近になり、教科書内容が改定され、ギャップは埋まったかに見えます。
しかし、同じように中学校の教科書も難しくなっているので、勉強の仕方やそれ相応の知識を
身につけていない子はまた苦しいわけです。
たとえば、割合にしても小5でかなり時間的にも厳しいので基本だけで、
小学校は終わります。
多くの小学校では1%=0.01まではしますが、濃度の求め方などにかける
時間はないように思います。
しかし、かなりのレベルをしてきているものとして中学校では授業が進行しています。
今のシステムで中学校に小学校の復習の時間を求めるのはかなり酷だと思うのです。
本当に中学校の先生は部活顧問などを持つとほんとに大変ですから。

話を元に戻しまして、、、
一時、中学から高校へ進学した生徒のギャップが厳しかったのですが、
特にイオンとか化学の中心分野が中学校から削除され、高校に集中された時は
数学・英語よりも化学がわからんという子が多かったのです。
これは中学の内容が改定されたことにより、今後埋まっていくにしろ、
小→中のギャップは何か対策を講じる必要があると私自身は考えています。
それは塾かもしれないし、公的な援助かもしれない。

それぞれ、一長一短はありますから。これはまた、別の機会に。。。
DATE: CATEGORY:教える
宅配ピザの原価率は約10%程度だそうです。
ということは200円~300円くらいですね。
パスタもペペロンチーノとかだと60円~70円くらいだそうで。
この間書いてあったことをへーと思って読んでいたのですが、

では、私たちの塾における原価率って、考えると0円なんですよね。
当たり前で、何かのものを売るわけではなく、サービスとして、純粋に
技術料として受講料を頂戴しているわけです。
その構造はヘアサロンなんかと同じかもしれませんが、こっちは
シャンプーさえ使わない。
はさみも剃刀もなく、ホワイトボードマーカー1本。
さらに使用する教材まで保護者の方に購入いただいているのですから。

考えればボロイ商売ともいえます。

では何故、受講料が高いのでしょう。
それは、販管部門とか授業をしない管理部門を持つからだと
私は思います。
授業もしてないのに社長や部長にも給料払わないといけないです。
(どこの会社も同じですけど)
また、先生にもそこそこの給料を支払わないといけません。
じゃないと夜の商売だけに人が集まりにくいし、給与水準が低いところは
やはり、教員の継続率が低く、1年の間に何人も室長が交代したりします。

この間から、私のところの小学生の受講料が安いことが話題に上ります。
2教科で6300円なので。確かに。●もんさんの半額だそうです。

これにはある前提があり、それはあまり人数を増やさない。ということなのです。

だれか、ほかの人に給料をお支払してお任せした段階で小学生は赤字が出ます。
私がしないと立ち行かない仕組みに自らを追い込んでいる(笑)

私一人が担当しているからできる受講料と考えています。
というのも小学生は特に札幌の場合、とても難しい部分があるのですが、
私の認識する範囲でものすごくばらついています。
それは学力もだし、意識も。高校入試という共通のハードルがある中学生に比較すると
小学生はご家庭や個人にそのハードルがゆだねられている部分があるように
思います。ということは、その目標設定なり生活習慣の確立なりの部分においても
私自身が寄り添う必要があると考えているのです。

そのために、あまり人数を増やせない。
殺到したらどうするのか(そうなればうれしいですが)。
純粋に早い者勝ちです。長いおつきあいをしていただいてる方を優先します。

カリキュラムが中学受験にも対応できるような比較的(札幌においては)
高度なことをしますので、一人一人に目が行き届かない・理解できないというのは
お客様に対する背信行為ですから。
でも、将来的に中学進学のことを考えれば、小学校の教科書内容で満足していると
絶対後悔するので、教える内容・レベルは下げません。
中学では中1の1学期期末テストあたりで中学受験じみた規則性の
問題出してくるので、それを中1の5月にやっても100%の生徒に100%理解してもらい
100%間違いなく解いてもらうのは、大変なので。
(まあ、私の力が不足しているだけの話と言われればそうなのですが。。。)

塾でお問い合わせの際など出た質問に対する答えを書いてしまっているので
宣伝チックになり、読み返すとちょっと自己嫌悪です。


DATE: CATEGORY:教える
本日までで、毎日1件以上の問い合わせを
いただいています。
そこそこ順調なのかとは思います。
札幌はそれほど動く時期ではないですからね。

まあ、元いた塾からチラシだのHPだの噂だのを聞きつけて
問い合わせしていただいている方もあるので。。。
必ずしも本意ではないのですが、ありがたいことです。

このあと地域の学校に門配、また、折込チラシの投下と
なります。

こんな宣伝を書くつもりはない。

カリキュラムを組んでいて思ったのは、以前、小6が危ないという
話を書きました。その小6が中1に今なっているのですが、
やはりかなり危ない。

一つには中学校ごとにあるいはクラスごと、地域ごとに数学の平均
がかなりばらついているというお話を聞きました。全体的に平均が落ちている
気がします。
私の狭いメガネでの話なので真実かどうかはわかりません。
しかし、感覚的に上下のギャップが広がっているような気がします。
小学校段階での練習量がやはり不足気味かなという実感が
こと息子を中心に感じます。

定着まで至らない中途半端な段階で次に進んでしまっている。
というかどうしたら定着に至るのかが十分に身についていない。
非常にその場しのぎの勉強になってしまっている。

これで、中1ラストの立体図形の体積と資料の整理に進むと
入試段階での致命傷になりかねません。
ということは、私として春期講習で何をするべきかはほぼ決まった
気がしているのです。

あとは1年を通じてどのように英単語を覚えるかが身についていない生徒が多い。
教科書改訂で単語量は増えたのにそれに合わせた学習法が定着していないことを
感じます。

高校入試の場面であまり文法的な間違いをしでかす子は多くない。
むしろ、単語の意味がわからず、立ち往生。
まさに立ち往生をする子が多いようです。

現在の中2は少し展開が違うけれど、現中1については、
強化の課題は見えてきている。

春期はとにかくその部分を強化することだと
私は考えます。

現小5もやばいのですがね。




DATE: CATEGORY:教える
いま、各学年のカリキュラムを作っています。

他の塾のカリキュラムを真似してもいいのですが、
どうも合いません。
そりゃあそうじゃ、うちの塾は季節講習会の間も
通常授業を入れてしまうので、
年に11週分の定期テスト対策を入れて、年間48回
通常の授業があるので。。。

普通ならば、7月は3週で終了。4週目はなくて夏期講習
というのが一般的な形なのですが、うちは4週目も通常授業あります。
きっちりと。

学校が進まないので、先に進めてもさほど効果が見込めないから
1学期の復習するけどね。。。

二十数年間やってきて、夏期の時期に通常授業なくなるのが
不思議でした。
確かに時間割は特別なものでわかりにくくなるのだけれど。

たとえば、他の習い事では、5回目がなくなることも多い。
しかし、いつも4回なのが、3回になってしまうって塾は特別なのだろうか。。。

どうも違う気が私はします。

前も書いたけど、大切なのは子供たちに武器というかキラーコンテンツを
用意させることなのだから、

ピアノやサッカーと同じ価値がある。あるいは同じ価値しか塾にはない。
だとしたら、夏期講習があるから通常ないよ。だったら、夏期講習受けなきゃ
実力はつかないの?

以前、私のいた塾では15か月でワンセットの指導ですから。。。
って言ってたけど。

でも、それって、社会の常識なのかな?
この世界にしかいないから私にはわかりませんが、
親としては1年=12か月として子供の成長を考えているのでは、ないかな。
そのもやもや感がずっとあって、今回受けなくても指導が
ずっと継続するように考えてみたのです。

ただ、何とかなるけど。受けてもらいます。
もっと伸ばしてあげたいので。

また、システムの変更はあると思うけど。

がっつり、とことん預かって伸ばしていくのが、
関西風こてこてのPAT流だから。



DATE: CATEGORY:共育
先週来?先々週来?
アイドルが丸坊主にしたということが、やたら話題に
なっていましたね。

少し冷たい言い方ですが
私自身はだから。。。って思っていました。

多分アイドルの方たちはビジネスでやっているのだと思います。
その観点でみると、仕事のルールを破って、あるいは仕事に失敗して
丸坊主にしたところで、多分「だから?」って言われると思うし、私も
言われたし。

私が坊主になったところで、不合格が合格にかわるわけない。
それで、合格にしてくれるのならいくらでも坊主になりますわ。
ビジネスの世界ならば、反省よりも成果を求められるはず。
(反省が不必要だとはいいませんが)坊主にする時間あったら指導法の
改善しろよと私ならば思う。
あまり意味のある行動とは思えなかった。

世間では賛否両論らしく、体罰だ。いじめだ。パワハラだ。そもそも恋愛の禁止
自体、人権侵害だという意見もあるようです。

確かに体罰との共通性はあるかもしれない。パワハラかもしれない。
でも、それを超える価値を部活なり、その集団なりに見つけているのでは
ないかと思うのです。

それが洗脳によるものだとか言われると話はまったく別になると思うのですが、
それが、体罰だ。とかパワハラだ。とか決めるのはそれを受けている側だと
思うのです。
いじめについても同じことがいえる。
差別でもそうじゃないかな。
全然、パワハラとか思っていないのではないか。あるいはそう思っていたとしても
それ以上の価値を集団(会社)に見出している。あるいは人間関係に見出している。
と私は考えます。

そうなったら、どう考えても体罰だよとかパワハラだよとか他人がいっても
本人にとっては違うよね。
だから、体罰とかむずかしいのだと思う。これは前回からの繰り返しです。

そのような世界で、恋愛禁止を破ったら解雇というのは人権侵害だといわれても、
恋愛よりも価値を集団(企業)仕事に見つけ出していたら、
恋よりも仕事をとるわだし、はじめにそれは伝えてあるはずなのだから、
劣悪な労働条件だからということで、その集団を選択しなければ、いいだけの話
だと思うのですね。
あくまでも本人の選択だと思うのです。

むろん、一般企業では通じない話だと思う。非常識の極みでしょ。
そもそも、合コンしたら解雇だから、って言われてその企業に入る人は
いないとおもうのだけれど。。。

その選択についてまっとうな判断が出来るような人にしていくのが、
僕らの役割だと思うのです。





DATE: CATEGORY:教える
来週には推薦とか私立とか始まって、落ち着かない気分の
人もあるかと思います。

私立を公立の前哨戦的にとらえている人も多いと思いますが、
私立の場合は問題にビビったもの負けの部分があるので、
問題の出来を気にせず、平常心を失わないようにしてください。
落ち着いて。
これまで、してきた努力は決して嘘はつきません。

みんなが結構頑張ってきたことはわかっています。

推薦も常に面接での積極性を忘れずに、
受け答えは大切かもしれないけれど、なぜその高校を受けるのか
その高校でどんな自分になりたいのか
したいことは何なのか

これまで推薦で合格してきた人は必ずこれを明確にできています。
うまく流れるようにしゃべることが出来たらベストですが、
それをできる人ののほうが少ないし、できなくても真剣に
それを相手に伝える努力を面接官の方は見ていると思いますよ。
たとえ、たどたどしくても。眼にだけは力を込めて。
面接の最中、自分がうまくしゃべれないことにどんどんへこんで
いく人もあるけど、
しゃべりのうまさじゃないから。伝えようとするハートだからね。
うまいだけなら芸人が合格するじゃん。

恐れず、立ち向かってください。

それともう夜更かしはしちゃあだめですぜ。


DATE: CATEGORY:共育
2月1日の開校以来、
問い合わせが約10件。指導開始がすでに何名かいます。
うーん。いいペースなのか悪いペースなのかわかりませんねぇ
とりあえず、5日目としては。。。

今朝、テレビを見ていると体罰の特集をしていました。
いじめ、差別、体罰には似たような構造があると私は考えています。
けれど、前2つと指導の中での体罰は次元が違うとも思うのです。

前2つは受けてる当人の向上という観点がありません。
指導には受けている当人の向上という美名がある。
だから、肯定的な人がいたりとかある。

私自身は、体罰は言葉の暴力を含め、全否定派なので、
「××の塾では生徒を殴るんだよ」みたいなことを聞くと
いろいろな意味で「すげぇ」と思ってしまいます。

まず、殴って従わせないと話聞かないのか?
殴られた生徒の気持ち考えないのか?殴られた生徒の親の気持ちとかどうだ?
そんなことをドガエシして生徒に手を挙げる「熱意」は到底理解できない。

むかし、私は近所でも有名なT進学教室に通っていました。
厳しいことで有名で数学の苦手であった私は中2内容の授業で
「こんなのもわからねぇのか」
とか言われて大変追い詰められ体調を崩した覚えがあります。
わからないのだから塾に来ているのでは?
とひそかに思っていました。
だから、この20数年間「こんなのもわからないのか」だけは使ったことが
ありません。あと、「なぜ、できない」も。。。
使った覚えがないけど、ひょっとしたら言われた覚えのある人もいるかも。。。
その人たちごめん。
けど、
わからないから、できないから、塾に来るので、それを生徒の責任にしてしまうのは
塾としての怠慢のような気がする。

くさい言い方をすれば、わかった!!と生徒さんが言えた時の笑顔が見たくて
この仕事してるのかなとも思う。ある意味20数年前から成長してませんね。(笑)

また同時に言えるのは、指導者や先生というのは生徒にとって絶対権力者に
近い存在なのだから、
絶対権力者が殴ったらそれは暴君決定でしょ。
親に対してだって、人質とってるんだから。
あがめられ、奉られるとどんどんそれが見えなくなってしまう。
また、どこか心の距離も離れてしまうような気がする。
だから、若い衆を使うのですが。。。

話を戻すと、体罰ってやっぱり関係性に集約される気がするのです。
だから、「殴られてよかったよ、おれ」があるし、「殴られていやだったよ」もあるのでは
ないかと。擁護する人も批判する人も。

ただ、殴ってました。その行為だけを見ると学校教育法11条に定める体罰ですね。
となる。

でも、そこに関係性についての観点はない気がするのです。
むしろ、体罰以前に、指導にあたる生徒さんとちゃんと関係性を作れていないことのほうが
やはり問題な気がする。
若い先生は関係の作り方がわからずに、
古い先生は心の距離を見間違って、知らず知らずのうちにえらいとおもってしまって。。。
体罰してしまうのかもしれない。

どっちにしろその生徒さん一人一人をじっくり観察できたなら、よく理解できたなら
手を上げずにすむ方法はあったのではないかなと思うし、
そんな暴力に負けないくらいに心が強い生徒たちにしていきたいと思っている。




DATE: CATEGORY:ブログ
お待たせいたしました。

メールも普通に送信できるようになりました。

最初はホームページから出していただけると
スパムのフィルターとかには、かからないと思います。

毎朝チェックは必ずしますのでいつでも出してください。

よろしくお願いいたします。

HP:http://www.pat-kyouiku.com

です。
DATE: CATEGORY:共育
皆さん、恵方巻は食べましたか?
私は食べていません。唇の端が季節のせいか切れていて、
恵方巻なんか食べようものならば、軽く4,5センチは口が裂けると思います。
最近は弁当を食べる箸が、血まみれになるくらいなので
自重をいたしました。

2月に入り、北海道では中間倍率やら出願のやり直し=倍率
の変化などでかまびすしい日々ですね。

いよいよ不安感が増大してくる時期でもあります。
受験を前にして平常心で居られる人など多くはありません。
あきらめているか、絶対的な自信があるかのどちらかです。

そうなっている人の数は少ない。受験者全体の20%もいないと
思います。つまり、残りの90%は不安があるはずなのです。
倍率を1.3倍と考えれば、320人以上の人が受かるかな、落ちるかな
という不安を抱えているはずです。
つまり、大部分の受験生が皆さん一人一人と同じように不安を抱えています。
よくこの時期、不安で不安で何も手につかない。とか、
落ちたらどうしよう。先生。とか

でも、よく考えてください。何も手につかない=勉強できない=落ちる
ですよね。自分の不安はとにかくがむしゃらに勉強に取り組むことしか
ないはずで、それはほかでもない皆さん自身が自分でしなくてはいけないこと
なののです。
何も手につかないということは、不安感という弱い自分にまけているだけです。
何をしていいのかわからないなら、それを学校の先生、塾の先生に聞けばいい。
聞けないなら、メールでいくらでも私が相談に乗ります。

それと「落ちたらどうしよう」も勝負が始まってもいないうちから、
言っても始まらない。

いつも言っています。
「無理だ」や「無理そうだ」「不可能だ」という言葉は勉強においてはあり得ない。
全力を尽くしてそのうえで、「無理だった」「できなかった」が
あるだけなのです。
負ける未来など想像しなくていいし、それが現実になったときはじめて
考えればいいこと。今できることの全力を尽くしましょう。
後先など考えなくてもいい。結果はおのずとついてくる。
今全力を尽くさないと望んだ未来など手に入らないのですから。

そして、「あきらめ」も間違いです。
状況は限定されるけど、1か月ほんとに真剣に取り組めれば、
入試の得点は向上します。
時間がないと思うのは個人の主観で、
どのように使うかでしょう。考えてください。
この残り1か月で、学校以外に200時間以上の学習は可能です。
それを考えたうえで、あきらめるべきか否かは考えた方が
よいのではないかと思います。

無理なことなど一つもないのです。絶対があり得ないと同様に。


DATE: CATEGORY:ブログ
本日はスーパーボウルの日&家庭教育学級の日ですが、
開業したての悲しさで、朝から教室に入っています。
あとで、教頭先生に謝罪電話を入れます。

HPですが、オールアップが完了しました。
メール設定で一部残っていますが、塾生用のBBSも完成し、
入塾手続き後にパスワードをお渡しすることになります。

まだまだ改善の余地はあるそうなのですが、
作成いただいたノースカムイさんには大変感謝しております。

メールでのお問い合わせも必ず返信いたします。
なんでもお願いします。

http://www.pat-kyouiku.com

よろしくお願いいたします。


DATE: CATEGORY:ブログ
ホームページの
はじめの電話番号が間違っていました!!

1711×
1771○
です。

お電話を掛けられた方。申し訳ありません。
DATE: CATEGORY:ブログ
緊急速報的に、ご報告します。

ホームページを開設しました。

① まだ検索とかには引っかからない。
② BBSが使えない。=鍛冶が使い方わかんない。
③ 今、メールを送ってもらっても今のところ月曜日にしか確認できない。

という状況ではありますが、この間から、PAT共育ゼミナールで
検索しても引っかからないとクレームをいただいていたところなので
とりあえず、下のアドレスで移動をお願いします。

http://www.pat-kyouiku.com

まだ、情報量的に少なくて、恐縮ですが、HPは入り口。

中身は鍛冶です。

中間ゲートは合格。

出口はなりたい自分。

中3生は2月3月他の塾とも併用OK、初期登録3000円のみでOKです。

途中で投げ出したちゃった感があるような気もするので、
最後まで1か月間めんどうみますよ。



DATE: CATEGORY:ブログ
開校初日!!

お花をいっぱい届けていただきました。
みなさんありがとうございます。
中でも一番大きかったのは、SRJ=速読協会からのもの。
多分、5トンくらいの重さはあったと思います。

お問い合わせの電話がかかってくるかと待っているのですが、
お花屋さんから1件。
間違い電話が1件。
まあ、はじめのうちはこんなものかと。。。

とはいえ、授業がないかというと既に1名、本日来ます。
問い合わせも徐々にいただいており、形にはなりつつあります。

昨日をもって、会社員ではなくなってしまったので、より自由に
発想していくことが可能です。
思いついたら、余計な手続きを飛ばして即実行できる。
その分チェック機構がないのでリスクは高いけど。でも、したかったことは
身軽に動いて100%生徒のためになることができること。
なので、行動のスピードとリスクをはかりにかけて、
私はスピードを重視したいと思います。

速読しかりだし、(6月くらいからのスタートを予定しています)
そのほか考え、アイディアだけはいくらでも浮かんでくる。

面白いことを気兼ねなしにやりまくります。




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